カウンセリングにおける安全性とは?
先日ブログで「安心の音」について簡単にご紹介しました。また5月7日より、東京多摩ネット心理相談室をリニューアルし、新しいサービスとして「安心の音」をご提供し始めました。
そもそも「安全」とは何か、ということをお伝えせずには、音でそれが促進されることが理解できないと思います。
心理臨床における「安全」は、工事現場などの標識にある「安全第一」の安全とは異なります。最近ではEdmontoson(1999)の「心理的安全性」という言葉が、主に仕事をするという場面において、使用されるようになりました。心理臨床における「安全」に近い「心理的安全性」を出発点として、この記事では「安全性」について、深めたいと思います。
Edmondson(1999)は、心理的安全性を「チームの中で対人的リスクを取っても安全であるとメンバーが共有して感じている状態」と述べています。ここでいう対人的リスクとは、失敗を報告すること、分からないと認めること、異論を述べること、質問すること、助けを求めることなどを指しています。例えば、質問すると機嫌が悪くなる上司の話を聞くことが度々ありますが、これは心理的安全性が薄い例です。これらを行っても拒絶・非難・処罰されないと思えること、それが心理的安全性です。
それに対して、心理臨床における安全性は、クライエントが自分の感情や考え、弱さや葛藤を「こんなことを言ったら否定されるかもしれない」「嫌われるかもしれない」と強く恐れずに表現できる状態のことを指します。この表現には、言葉で直接するものはもちろん、言葉にはしないけど「感じる」も含まれます。泣きたいほど悲しいけど、悲しいと感じられない、という事象は度々ありますが、安全性が薄い例です。
大事なこととして、心理臨床における安全性は、もちろん相手(カウンセラー)が誰であるかは重要です。全く理解を示さず意見を押し付けてくるような相手であれば、誰でも言えなくなるし感じられなくなると思います。それが「外的に安全性を脅かす刺激」だとすると、それ以上に「ない的に安全性を脅かす刺激」の方が、問題となる場合が多々あります。例えば、発達上のトラウマを抱えているケースなどの場合、(外はどうあれ)自分の中で葛藤が生じる場合(外的には安全性が担保されている場合でも)安全性が維持され難いのです。
例えば、カウンセラーの気遣いに対して「気遣ってくれている」と感じるのと同時に「バカにしている」と感じ、「バカにしている」と感じる方から安全性が脅かされるなどです。
心理臨床では「外的」に安全性を担保することはもちろん(カウンセラーが良い関わりをする)クライアントの葛藤から生じる内的な安全性も作り上げ、そして維持する援助が求められます。
Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383. https://doi.org/10.2307/2666999
